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【保存版】 その他ブランド NATIONAL GEOGRAPHIO -- ショルダーバッグ BRW 数々の賞を受賞

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  • 持ち手 94.5
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“For The Moment I Just Make Music That I Personally Enjoy. There Was No Intention Of Revitalising a Genre Or The Hubris Of Thinking I Can Rebirth Anything. Only Time Will Tell If It Has Any Impact. Until Then I’ll Just Keep Making Music.”

DISC REVIEW “ZEAL & ARDOR”

「すべてクロスオーバーしているんだ。全く違う分野での経験や視点が、別の分野での新しいアプローチにつながることも多いんだよね。それは私のクリエイティビティにとても役立っているよ」
Manuel Gagneux は、あまり考えることが好きではありません。というより、考えすぎることが嫌いなのです。物事の仕組みに興味を持ち、一時期は物理学を専攻し現在は VR の開発に携わるほど知的な人物であるにもかかわらず。ただし、異なる視点や異なる考え方を受け入れることが創造性をふくらませ、人が “傲慢” になることの抑止力であることを知っています。Manuel はすべてにおいて、傲慢が人類の敵であることを本能的に知っているのです。
「これほどの人気になるとは思ってもみなかったよ。見ていて楽しいバンドと一緒にツアーができたことは、この上ない成果なんだ。すべてが私たちにとって驚きなんだよ」
Manuel は、ZEAL & ARDOR の成功が “滑稽” だと語っています。なぜなら、成功は彼が求めていたものではなかったから。バンドを始めようさえとしたわけでもありません。というのも、このバンドは、ウェブ・フォーラムで、一緒になるはずのないジャンルをミックスするという奇抜なアイデアを募集したのがきっかけだったから。ZEAL & ARDOR は、抑圧された黒人奴隷の歌とブラックメタルを混ぜようという提案から生まれたものです。しかし、それは彼にとって多くの音楽的実験のひとつでした。
「”成功 “が定義される限り、音楽はポピュラリティに過ぎない。そして、人気というのは永久に続くものではないんだ。それが、私がずっと前に理解したこと。だから、私はそれを考えないことにしている。そして、人気はいつ崩れ落ちるかもしれないし、長い時間をかけて消えていくかもしれないことも承知している」
それでも、マニュエルはこの成功にとても感謝をしています。それは、芸術的に解放され、重荷にならないものである限り。MESHUGGAH, OPETH といったビッグネームとの共演や、今年のArcTanGent フェスティバルのトップを飾るなど、もはや Manuel の進撃をとめるものはどこにもないように思えます。
「今のところ、私は個人的に楽しめる音楽を作っているだけなんだよ。ジャンルを活性化させようという意図も、何かを再生させることができるという傲慢さもないんだ。インパクトがあるかどうかは、時間が経ってみないとわからない。それまでは、ただ音楽を作り続けるよ」
1989年、スイスで音楽家の両親のもとに生まれた Manuel の家では、音楽はある種の象徴でした。彼の母親はソウルとジャズのシンガーで父親はパーカッショニスト。「サルサ・パーカッションね。変なポリリズムで、音楽を聴きたくない人には迷惑な話だよ。両親は私にサックスを吹くことを強要したんだ。大嫌いだった。子供の頃の話だけど。 そしてパンクに出会った。想像以上に醜いBCリッチを買って、それから数年間、部屋に閉じこもったんだ」
バーゼルには巨大で活発なパンク・シーンがあることを知った彼は、10代でそこに参加し、メタルやグラインドコアのより過激なサウンドにすぐに耳を傾けるようになりました。子供の頃、Manuelと彼の仲間は毎週末ライブハウスに行き、ドイツのグラインドバンド Japanische Kampfhörspiele のようなショーを見てぶらぶらしていたのです。Manuel が最初のバンドを結成したのはその頃で、ブラックメタル系のバンド名で、”Ateraxie Austere Assumptionのようなもの” でした。
「他のメンバーの一人がその名前に固執していたんだ。ライブは一切やらなかった。基本的には、リハーサル室で一番安いビールを飲んで、クソみたいなマイクで叫んでいただけなんだ。それは素晴らしいことだったけど」
学問的には、Manuel は「全く教育を受けていない」と言います。彼は頭が良く、文学にとても貪欲でしたが、16歳の時に学校を辞めます。ただし、物理を勉強したいという思いがあり、そのために軍隊に入隊し、その軍隊を通じて大学に入るという道を選んだのです。
「軍に入隊した時、自分のやりたいことを言えるようになっていて、それが核防衛研究所で、そこから大学へ行けるかもしれないと思ったんだよな。でも、ただただ拘束され、怪しげなことをやらされるだけ。楽しかったかって?いやいや、ひどいもんだよ。怒鳴られるし。あそこで何をしたかなんて、本当は話すことも許されないんだ。辞めたくて仕方なかったんだよ」

結局、”祖国への別れも告げずに脱走” し、ニューヨークへと Manuel は急行します。ここで、彼は音楽に専念しました。
偶然にも、年配のブルース・ミュージシャンと一緒に暮らすことになり、スイス人の下宿人がミキシングの仕事をする代わりに、彼が所有する家に家賃なしで住めるように計らってくれました。この頃から、彼はインターネットでアイデアを募集するようになったのです。トライバル・メロディック・ハードコア、グレゴリアン・ポストロック、ナッシュヴィル・パワーエレクトロニクス、バロック・ブローステップなど計47枚の作品が作られましたが、その中で定着したのが ZEAL & ARDOR だったのです。
「初めてインタビューを受けることになったんだけど、”なんでこんなことしなきゃいけないんだ “って思ったんだ。とても馬鹿げていたんだけど、その時点では、本当に突飛な提案の嵐の中で、こういうことに無感覚だった。そして、ロードバーンの質問が来る頃には、信じられないという気持ちで、ただただ笑っていた。それが、今も続いているような感じさ。つまり唖然としてる」
セルフタイトルのニューアルバム。その制作状況は、デビュー作”Devil Is Fine” や、その次の”Stranger Fruit” とは少々異なるかもしれません。Manuel は今や有名人であり、車輪はよりしっかりと道を進み、好奇心よりもむしろ期待が大きい状況ですが、ただし彼はそれでもまだ初期のシンプルさからそれほど離れていないのです。つまり、重要なのは閃きとそれに従うこと。
「アルバムは私の愚かなアイデアをただ凝縮したもの。つまり、何かを得て、試してみて、脚光を浴びたらそれを完成させ、そして、あまりいじりすぎないようにするだけさ。クリエイティブな面では、”ああ、これをやったらどうなるんだろう “と考えることに夢中なんだ。こういう風にアレンジしたらどうだろう?とか鍵盤を入れたらどうだろう?とか。夢中になる子供みたいなものさ。そういう喜びはあるよね」
ZEAL & ARDOR は、アフリカ系アメリカ人のスピリチュアル・ミュージックとブラックメタルを融合させるというコンセプトに本質的に忠実でありながら、いまだに挑戦的であると感じられるバンドであることをセルフタイトルで証明します。
インダストリアルなリズム、優しく奏でられるギター、シンセサイザーのサウンドスケープを新たに纏いながら、歴史の暗い回廊に響く血と炎の濃度は不変。彼らの音楽的特異性はクロスオーバーの魅力を発揮しながらも、これまでで最もヘヴィーなサウンドをまざまざと見せつけました。
“Death To The Holy” や “Church Burns” といった曲名は、ブラックメタルの伝統を意識したものですが、奴隷時代の労働歌のようなスタイルも携え、過去の恐怖をより深く再現します。一部で使用されるドイツ語は、ワーグナーのオペラ、その恐ろしい大災害さえ思い起こさせます。
“Emersion” の美しいエレクトロニクスは、ブラックゲイズの猛風によって容赦なく遮られ、一方で “Golden Liar” はメタリックな重さを湿度の高いアトモスフィアに変換する度量を見せます。ブルースと同様にヒップホップを思わせるリズムとリリックが特徴的な “Bow” を聴けば、Run The Jewels のスリーブに似たアートワークにも納得。”A-H-I-L” のドローンがこの野心的なアルバムを曖昧に終わらせるまで、クリエイターは風変わりで鋭いまま凛としてその才を発揮し続けます。

「例えば、”Death To The Holy” の、あの奇妙でうるさい音が、このアルバムから最初に出てきたものの一つだったんだ。この音はとても迷惑で不愉快だから、これを中心に曲を作らないといけないと思ったんだ。それでこうなったんだよ。私がひとつの音を中心に曲を作り、何千人もの人々がその迷惑なものを聴かなければならないということを考えると、笑わずにはいられないよね。そして、それを楽しまずにはいられない。そのクスッと笑える感覚がない曲を頑なに作ろうとすると、十中八九、悪い音になっちゃうんだよな」
これらすべてをまとめているのが、ZEAL & ARDOR に欠かせない2つの要素です。1つ目は、これらの奇妙な枝が広がる音楽の幹で、何にもまして重要なこと。そうでなければ、全体が機能しないもの。
「私にとって、アトモスフィアは最も重要なもの。その雰囲気が半永久的に続いている限り、不快なノイズやジャンルの変更も許容されるんだ。このアルバムでは、カットされたり、合わなかったりした曲をたくさん書いた。何がこのアルバムの一部となり得るか、何が耳障りでなく面白いリスニング体験になるかを選んだんだよ。それがタイトロックなんだ」
このバンドのもうひとつの重要な部分は、物語性です。奴隷制と解放という概念は見た目よりも緩やかですが、それでも ZEAL & ARDOR を生き生きとしたものにするために非常に重要な役割を果たしています。
「”Devil Is Fine” のテーマは “奴隷のような生活” で、Stranger Fruitは “脱出、脱獄” だったんだ。このアルバムは、実際に逃亡生活を送りながら、あるいはある程度自由になりながら、”これからどうすればいいんだ?”と考えるものなんだよ。新しいフロンティアなんだ」
新しいフロンティア。つまり、くだらない古い概念や常識、権威を疑いブラックメタルのように “燃やしてしまう” こと。ただし Manuel はそれを暴力的なやり方ではなく、同調者を増やしながら達成したいと考えています。破壊というよりも創造で。
「古い権威を燃やす。その意図は大いにあったね。だけどね、ここでも私は、それでオーソリティの見解や権力者のやり方が変わることはないと自覚しているんだよ。だから何かを変えたいというよりは、むしろこれは私自身と、すでに私に同意している人たちの、過去に決別を告げる “宣言” なんだよね」
ZEAL & ARDOR がより直接的で完全に明確な態度を示したのは、2020年にリリースした “Wake Of A Nation EP” の時だけでした。警察官によるジョージ・フロイド殺害事件後の反人種差別デモをきっかけに書かれ、リリースされたこの作品のアートワークは、2本の警棒でできた逆十字であり、6曲は意図的に “ここ数ヶ月で私の仲間に起こったことに対する反応” でした。
「まさにあの事件が原点だった。当時はアメリカにいる家族のことがとても心配で、基本的には自分へのセラピーとしてあの EP を書いたんだ。あのような不確かな時代にいることは本当に恐ろしいことで、他の方法で対応する方法を知らなかったんだ」
ただし、便乗や売名とは程遠い、静かな抵抗でしたが。
「BLM 運動の理念は正しくて当然だと思うよ。どこでもそうだけど、一番悪い人が一番うるさいことが多いよね。私も職業柄、よく叫ぶ人という皮肉があるんだけど (笑)」
Manuel の音楽に対する動機は今も純粋で、他人が喜ぶものを作れば嘘くさくなる。まずは自分が楽しみ、満足するものを作るという方針はいささかもブレることはありません。だからこそ、メタルのリスナーだけでなく、様々なジャンルの信奉者がこの音楽に惹かれるのでしょう。多様性を掲げた多様な音楽で、人々はさらに予想外のこと、驚きを期待するようになりました。そんな上がりきったハードルの上を飛び越えていくのが ZEAL & ARDOR のやり方です。地に足をつけ、傲慢とは程遠い謙虚で寛容なやり方で。
「音楽を作ることは、私にとってとても地に足がついた経験なんだよ。派手なことは何もないし、気張ってもいない。ただ幸運なことに、それに対して人々が感情移入してくれることはあるんだよね。だけど、彼らの経験は私とは異なるもので、異なるけれどそれは両方とも同じように意味があることなんだよね。それが私の音楽が潜在的にできることのすべて。私が世界を変えられると言うのは傲慢で、率直に言って事実ではないよ」

参考文献: KERRANG!:Zeal & Ardor: “I just want to take people by surprise”

ZEAL & ARDOR “ZEAL & ARDOR” : 10/10

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“We Have Always Tried To Retain The Melodies. I Think The Style Of The Melodies Does Evolve Over The Years, But They Always Remain a Big Thing In Our Music.”

DISC REVIEW “COHERENCE”

「私たちは今でも自分たちのことをストレートなプログ・メタルではなく、プログレッシブな要素を強く持つメロディック・デスメタルバンドだと考えているんだ。結成当初はもっとそうで、ほとんど純粋なメロディック・デスメタルだった。だから、音楽にもう少しプログレッシブな要素を取り入れるためには、地道で段階的なプロセスを踏むことが必要だったんだと思う。若い頃の私たちは、IN FLAMES, AT THE GATES, DARK TRANQUILLITY, OPETH の名盤に大きく影響されていたんだよ」
メロディック・デスメタルは一本調子だ。そう謳われたのは過去のこと。今では、このジャンルを始動したオリジネーターはもちろん、後続の綺羅星たちも数多の興味深いバリエーションを生み出し多様性の高いサブジャンルであることを証明しています。
中でも最も興味深いのは、00年代半ばに台頭した OMNIUM GATHERUM, INSOMNIUM, ETERNAL TEARS OF SORROW といったフィンランドのバンドでした。ヨーテボリ生まれのオリジナルスタイルに、よりアトモスフェリックな味わいを加えた夢見る涙の登場。このニッチで魅惑のスタイルは当然厳寒を湛えた北欧のバンドに多く見られますが、不思議なことに陽光降り注ぐオーストラリアの5人組、BE’LAKOR は異世界のメロデスを特徴をさらに際立たせるため冒険的でプログレッシブな音の葉を注入し、南半球に知で凍てつく冬の寒さをもたらしています。
「最近の2枚のアルバム、特にこの “Coherence” ではスポークン・ワードがより大きな特徴になっているよね。本質的に、語り手を加えて物語を伝えるという感覚を大事にしたいんだ。私たちは、それを音楽に加えるのが好きなんだよね」
“物語のメロデス” で中心となるのは、山とそこに住む人々の描写です。 大きな山に住んでいる女性がいて、その山やその周辺に住んでいる別の人物の物語が、それぞれの楽曲で描かれていきます。 彼らはお互いを知らず、それぞれが自分の哀しみ、苦痛を語る中で人間にとって共通の課題が露わになっていきます。最後はこの山で育つ子供たちの物語。彼らはまだ人生の重荷を背負っていません。人生について学び、偶然にもアルバムの中で描かれてきた人物を見たり、会ったりする中で人生の現実を、世界を目の当たりにしていきます。
抽象度の高いジャケットアートとは裏腹に、”Coherence” は印象派の絵画のような流れを持つアルバムで、具体的なストーリーとビジュアルをまさに自分の目に映った印象そのままを投影していくような作品です。ただし、印象派によくある自然を題材にしたテーマと、メタルらしいファンタジックなテーマが巧みに融合している点で、アルバムの物語は彼らの音楽と完全にシンクロしています。メタリックなリフ・ワークとキーボードのアンビエンス、そしてピアノとアコースティック・ギターによる夢見心地なパッセージが溶け合う自然の中の群集劇。
BE’LAKOR はテンポや音色を変化させながら、カオスで凶暴な極寒から瞬時にプログ的傾向をより深め、アップテンポでメタリックな怒りやグルーブ感、アトモスフィアにアコースティック・バラードなど、さながら山々の四季のように多彩な変化を与えていきます。8章仕立ての長大なアンセムにも思える1時間の包括的な体験。だからこそ、”Sweep of Days” のようなメロデスの一閃が尚更切れ味をましていきます。「私たちは常に哀愁や慟哭を保とうとしてきたんだよ」
“The Jester Race” や “The Gallery” といった90年代の名作に魅了されたリスナーに愛されながら、NE OBLIVISCARIS や ALCEST のようなプログレッシブかつアトモスフェリックな領域に踏み込むことは決して簡単ではありません。しかし、彼らはやり遂げました。メタルの世界では、シンプルさと複雑さは敵対するものではなく、むしろパートナーとして機能しているのですから。
今回弊誌では、鍵盤奏者 Steven Merry にインタビューを行うことができました。「アルバムとしては “Damnation” がとても好きで、あれにはデスメタル・ヴォーカルが存在しないよね。でも、あのアルバムの曲はとても陰鬱で、聴く人を引き込むんだ。彼らの新しい作品は、少し面白みや魅力に欠ける気がするな」 どうぞ!!

BE’LAKOR “COHERENCE” : 9.9/10

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“This Has Been Our Direction From Day One — Metal Can Be Fun. You Don’t Have To Be Angry All The Time. People Say Metal Is a Way Of Life, So You Do Get Happy, You Get Sad, You Are In a Chilled-out Mode.”

今世紀初頭。ムンバイのメタルヘッド、Sahil Makhija、通称 “The Demonstealer” が、シンフォニック・デスメタルの先駆者 DEMONIC RESURRECTION と共に登場したとき、彼らは必ずしもインドで諸手を挙げて歓迎されたわけではありませんでした。
インドでは80年代後半から POST MARK のようなメタルバンドが活動してはいましたが、00年代に入っても依然として地元のメタルはニッチな存在であり、ファンはヨーロッパやアメリカから来たお気に入りのアーティストを聴きたがっていたのです。そんな中で、IRON MAIDEN だけがインドを準定期的にツアーしており、地元のバンドのほとんどはカバー曲を中心に演奏するにとどまっていました。
「私たちはその頃、オリジナル曲を演奏するようになって、観客から瓶や石を投げつけられたものだよ。バスドラのペダルさえも手に入れるのが困難だった。レコード会社もなく、”ロック・ストリート・ジャーナル” という地元のロック雑誌があり、大きな大学では毎年、文化祭でバンド・バトルをやっていたくらいでね。当時はそれしかなかったんだ」
インドにおけるメタルのリソース不足に直面した Sahil は、インドのバンドを実現させたいなら、自分でやるしかないと決意しました。彼は、インド初のメタル専用のレコーディング・スタジオを設立し、その後すぐにインド初のメタル・レーベルである Demonstealer Records を設立します。そこで自身の音楽を発表し、ALBATROSS や今は亡き MyndSnare といったインドのバンドをサポートするだけでなく、彼のレーベルは BEHEMOTH や DIMMU BORGIR といった入手困難なバンドのアルバムをライセンスしリリースしました。また、元 DEMONIC RESURRECTION のベーシストである Husain Bandukwala と共に、インドで唯一のエクストリーム・メタル専門のフェスティバルである”Resurrection Festival” を立ち上げ、長年にわたって運営しました。

インド・メタルシーンの柱としての Demonstealer の地位は議論の余地がありません。しかし、自身の影響力と遺産について彼は実に控えめです。
「でも、もし私がやらなかったら、おそらく他の誰かがやってきて、いつか私の成したことをすべてやっていただろうね。でも、もし私が何らかの形で貢献できたのなら、それで満足だ。私は人生をメタル音楽の演奏に捧げているのだから」
Sahil は、貧困が蔓延している社会構造に加え、意味のある音楽ビジネスのインフラがないため、インドでバンドを存続させるためには基本的な収入が必要だと説明します。また、移動距離が長いためバンに乗って全国ツアーに出ることはできず、飛行機代やホテル代も考慮しなければならないことも。さらに最近まで、独自のPAシステムを備えた会場を見つけられることは稀で、各会場でPAシステムを調達し、レンタルしなければなりませんでした。
「その結果、ほとんどのバンドが赤字になり、長期的には解散してしまうんだ。今はマーチャンダイズで、なんとかやっていこうというバンドもいる。ツアーができるバンドもあるけど、簡単なことではないんだよ」
Sahil は早い時期から、物事を実現するために必要なことは何でもやると決めていました。
「メタル・ミュージシャンを続けられるように、自分の人生を設計したんだ。親と一緒にいること、子供を作らないこと、休暇にお金をかけないことも選んだ。自分がやりたいことはこれだとわかっていたから、そういった犠牲を払った。もし、友人たちのように給料が高くない仕事をするなら、その予算でどうやって生きていくかを考えなければならないだろうからね」

幸運にも、彼は “Headbanger’s Kitchen” というチャンネルと番組で、YouTuberとしてのキャリアを手に入れることができました。当初は一般の料理番組としてスタートした彼のチャンネルは、仲間のメタルミュージシャンにもインタビューを行いながら Sahil が実践しているケト食を推奨するプラットフォームへと発展し、今では彼の主な収入源となっています。
しかし、彼の最愛のものがメタルであることに変わりはなく、彼自身の努力もあって、この10年ほどでインドのメタルシーンは花開き始めています。多くの色彩、創造性、活気を伴いながら。
THE DOWN TRODDENCE は、地元のケララ州の民族音楽の要素をスラッシュとグルーヴ・メタル・アタックに融合させたバンドです。ただし、インドから生まれるバンドは、インドと同じくらい多様でありながら、ほとんどの場合、彼らは民族的なモチーフを過剰に使用することはないと Sahil は語ります。
「というのも、この国のメタルの魅力のひとつは、自分たちの文化に反抗することだからね」
オールドスクールなスラッシュとメタルを演奏する KRYPTOS、ブルータルなデス/グラインドを演奏するGUTSLIT、シッキム州の SKID ROW, もしくは WHITESNAKE とも言われる GIRISH AND THE CHRONICLES、メイデン風の高音ボーカルでホラー・メタルを演奏する ALBATROSS, 弊誌でインタビューを行ったインドの DREAM THEATER こと PINEAPPLE EXPRESS などこの地のメタルは意外にも、伝統への反抗意識から西欧の雛形を多く踏襲しています。

しかし、彼の地の多くのスタイルやサブジャンルが西洋の聴衆になじみがある一方で、社会的・政治的システムへの怒りや、地元の文化や神話を参照した歌詞には、インド独特の風味が際立ちます。ムンバイのスラッシャー、ZYGNEMA の最新シングル “I Am Nothing” は、インドの多くの地域で未だに悲しいことに蔓延している女性差別やレイプ文化に対して憤慨した楽曲。そして、The Demonstealer のバンドである DEMONIC RESURRECTION は、壮大なブラック・シンフォニック・デスメタルを得意とし、前作 “Dashavatar” はヒンドゥー教の神 Vishnu の10のアバターについて論じています。
その “Dashavatar” のリリースから発売から4年以上が経ちました。Sahil が詳述したロジスティックとファイナンシャルの問題により、バンドは過度に多作することができませんが、シンガー/ギタリストの彼自身はその限りではありません。WORKSHOP というコメディロックバンドや、REPTILIAN DEATH というオールドスクールなデスメタルバンドでも演奏し、現在は SOULS Ex INFERIS という国際的なアンダーグラウンド・スーパーグループでもボーカルを担当しています。その無限のエネルギーと情熱をソロ・プロジェクト Demonstealer に注ぎ込み、最新作のEP “The Holocene Termination” をリリースしました。この作品は、タイトルが示すように黙示録的であり、The Demonstealer 自身は、自分のネガティブな感情を全て注ぎ込んだと語っています。
「みんな今日起きて、パソコンを開いて最新の恐ろしいニュースを見るのが怖いくらいだと思うんだ。世界がどこに向かっているのか、自分がどう感じているのかを表現するには、音楽が一番だ。COVID にしろ気候変動にしろ、人々はどんどん頭が悪くなり、とんでもない陰謀論にひっかかり、学校で習った最も基本的な科学も忘れている。まるで進化を逆から見ているようだよ」
Demonstealer にはドゥーム系のダークな雰囲気が漂っていますが、Sahil Makhija はもっとポジティブで、特に彼が愛するヘヴィ・メタルの未来については楽観的です。
「インドのバンドがもっと国外に進出するのは間違いないだろう。10年前と比べると、みんなもっとたくさんツアーをやっているし、国際的なバンドがインドで演奏することも増えてきた。今後数年の間に、インド全土でそれなりのシーンと強力なオーディエンスを築き上げることができると思うよ」

その筆頭格が、ニューデリーの BLOODYWOOD でしょう。スラミング・ラップ・メタルとインドの民族音楽を組み合わせ、英語、パンジャブ語、ヒンディー語を織り交ぜながら、政治的、個人的な問題に正面から取り組む歌詞を描いた彼らのユニークなサウンドは、近年ますます話題になっています。
Sahil は、彼らがインドのバンドの中で最も国際的にブレイクしそうなバンドであり、3月に4回のイギリス公演を含むヨーロッパ・ツアーと、来年末の Bloodstock への出演が予定されていることに期待を膨らませます。
「インドはとても大きく、多様性に富んでいて、これがインドだと断定できるものは何もない。彼らはパンジャブ音楽を使うけど、その音楽はインドの南部では人気がないんだ。言語も文化も音楽も違う。国語もなく、すべてが多様なんだよね。でも BLOODYWOOD は、欧米や世界中の人が “インドのメタルはどんな音だろう?”と興味を持ったときに、聴きたいと思うようなものを捉えているんだ」
BLOODYWOOD が2018年に、”ラジ・アゲインスト・ザ・マシーン” という洒落たタイトルのツアーでヨーロッパを回ったとき、それはギタリスト、プロデューサー、作曲家の Karan Katiyar の言葉を借りれば “人生を変えるような経験” であったといいます。
「あの体験から立ち直れていないまま、もう2年も経ってしまったよ(笑) 俺たちにとっては1ヶ月の映画のようなもので、あらゆる感情が1000倍になっていたからね。友人たちは、俺たちがいつもその話をしていることにうんざりしているくらいでね。なぜなら、パンデミックに襲われる前、俺たちの人生で最後に起こった面白い出来事だったから。アレをもう一度、体験したいんだ」
3月にはヨーロッパに戻り、イギリスでの公演も予定されており、Bloodstook への出演も延期されていることから、彼らはその機会を得ることができそうです。今回は、煽情的なデビュー・アルバム “Rakshak” を携え、バンドを取り巻く興奮は最高潮にまで高まっています。

BLOODYWOOD の広大な多様性の感覚は、”Rakshak” で完璧に捉えられています。ヒンディー語と英語の混じった歌詞、そして常に変化し続けるサウンドで、このバンドを特定することは非常に困難な仕事となります。彼らは亜大陸の民族音楽(といっても北部パンジャブ地方が中心)を使うだけでなく、メタルの様々な要素を取り込んでいるのですから。彼らの曲の多くには明確に Nu-metal のグルーヴが存在しますが、時にはスラッシュやウルトラ・ヘヴィーなデスコアのような攻撃をも持ち込みます。
「俺らを特定のジャンルに当てはめるのは難しいよ。曲ごとにサウンドが大きく変わるから、インドのフォーク・メタルというタグに固執するのは難しいんだ。ジャンルが多すぎて特定できないけど、インドのグルーヴと伝統的なインドの楽器、そしてもちろんヒップホップを取り入れたモダン・メタルというのが一番わかりやすいかな」
そう Karan が分析すると、ラッパーの Raoul Kerr が続けます。
「ワイルドなアマルガムだよ。俺らは東洋と西洋の影響、その間のスイートスポットを探しているんだ」
シンガーの Jayant Bhadula がまとめます。
「これは様々な香辛料を配合したマサラ・メタルなんだよ(笑)」
どように表現しようとも、BLOODYWOOD のサウンドは実にユニークで、しかしそれ故にその開発には時間がかかりました。Raoul が説明します。
「観客の反応を理解し、完璧なバランスを見つけるために、何度も何度も実験を繰り返した結果なんだ。いったんスイート・スポットが見つかると、あらゆる可能性が開けてくる。インドの伝統音楽とメタル、この2つを融合させる新しい方法を見つけるのはまだまだ挑戦だけど、俺たちはこの方向性にとても満足しているんだ。このアルバムでは、そんなサウンドをたくさん聴くことができると思うよ」

2016年にニューデリーで結成されたこのバンドは、まずポップスやフォークソングを “メタライズ” した数々のカバーで、すぐにインターネット上でセンセーションを巻き起こしました。女優の Ileana D’Cruz がバングラ・ポップのヒット曲 “Ari Ari” の彼らのバージョンを何百万人ものインスタグラムのフォロワーと共有したときには、正真正銘のボリウッド・クロスオーバーの瞬間さえ起こしました。Raoul が振り返ります。
「ワイルドな時代だったね! 俺たちは自分たちのサウンドを発見し、オーディエンスを構築するためにカバーを使用したんだよ。それから自分たちの楽曲に集中した。アルバムには自分たちのオリジナルだけを収録したかったからね」
BLOODYWOOD というカレーには、メタル、ヒップホップ、バングラビートに伝統音楽。それ以外にも様々な香辛料が使用されているようです。
「あらゆる種類の音楽を聴いているよ。個人的にはメタル、ヒップホップ、ロックといったジャンルが好きだけど、どこの国の音楽であろうと、良いものは良いというのが俺らの共通認識なんだ。俺たちが作る音楽はそれを体現していて、どんなに異なるジャンルに見えても、全てに共通するものがあることを示している。Karan はThe Snake Charmer(インドで最も有名なバグパイパー)のプロデュースを、Jayant は穏やかな電子音楽とアコースティック音楽に情熱を注ぎ、Raoul は使命感を持って詩的なラップミュージックを作っているからね」
SNS は間違いなく、彼らのような “第三世界” のバンドにとってかけがえのない武器となります。
「間違いなくね。SNS のおかげで、地球上の人々はかつてないほど共感して、俺たちの音楽やメッセージに共鳴してくれるすべての人とつながることができるようになった。SNS は、俺たちが一体となって行動し、音楽の枠を超えてインパクトを与える力を与えてくれるんだ。俺たちのコメント欄をスクロールしてみると、俺たちとともに、インターネット上で最も美しい場所を作り上げている人々がいることがわかる。俺たちの成功は、ソーシャルメディアのポジティブな側面で築かれたものなんだ」

彼らにとって “妊娠期間” とも言えるカバーの時期は、BSB、50 cent、アリアナ・グランデ、そして NIRVANA, LINKIN PARK の曲を残酷にカバーしたアルバム “Anti Pop Vol.1″ で最高潮に達します。しかし、リック・アストリーをリフロールしていないときは(”Never Gonna Give You Up” の見事なヘヴィ・ヴァージョンが収録されている)、彼らは自分たちの楽曲に取り組み、それをよりシリアスなものへとゆっくりと変容させていったのです。
ライブ・セットでは時折騒々しいカヴァーが演奏されることもありますが、バンドは “ポップ・ミュージックを破壊する” という初期の目標よりも、もっと重要な目指すべきものがあることに気づくようになりました。自分たちのサウンドを発展させるだけでなく、自分たちが築いたプラットフォームを使って、自分たちが信じるものについて立ち上がり、発言するようになったのです。
BLOODYWOOD が真のデビュー作と位置づける、ヒンディー語のタイトル “Rakshak” は “保護者” と訳され、彼らの楽曲の多くにこのテーマが宿っています。Jayant が説明します。
「曲を聴いていると、守られているという感覚がある。でも、救世主が助けに来てくれるという意味ではないんだ。アートワークを見ると、子供と象が描かれているよね。象は、人間というこの壊れやすい生き物の中にある強さを表現しているんだ」
Raoul が付け加えます。
「より大きな視点で見ると、より良い世界への希望を象徴する人々、そして信念を守ることを歌っているんだよ。対立する政治をなくすことでも、性的暴行をなくすことでも、腐敗したジャーナリストの責任を追及することでも。何でもいい。大事なのはその希望の感覚を守ることなんだ。俺たちは、プライベートでも仕事でも、より良い世界への希望を与えてくれる多くの人々に出会ってた。俺たちが音楽を作る理由のひとつは、音楽が変化の触媒になり得ると信じているからなんだよ。音楽が俺たちに与えてきたポジティブな影響を考えれば、より良い世界を作る間接的な能力があると信じるに足るからね。
このアルバムは、俺たちが直面しているあらゆる課題から、人と地球全体を守るための共同作業について書いてある。俺たちは、問題を完全に排除することでこれを実現したいと考えているんだ。なぜなら、最善の防御は優れた攻撃であるから。分裂した政治、汚職、有害なニュース、性的暴行、いじめに関するメッセージや、うつ病との闘い、自分の限界への挑戦など、個人的なメッセージも封じながらね」

Karan、Jayant、Raoul の3人が中心となって結成され、ツアー時にはさらにメンバーが加わる BLOODYWOOD は、メンタルヘルスやいじめといった問題についても焦点を当てています。例えば、オンライン・カウンセリングを必要としているファンに無料で提供したり、ツアーの収益を NGO に寄付して、ホームレスの動物を助けるための救急車を提供したり。
例えば “Yaad” は、人間と人間の親友である犬の感動的な物語を通して、愛と喪失という普遍的な人間の経験を祝福するものです。 “Yaad” はヒンディー語で “思い出す”、”記憶の中で” という意味で、Karan の実体験を通して愛する人やペットを失ったことを受け入れて前に進む力について歌っています。
「この歌詞は、彼らが俺たちに与える永久的な影響を祝福し、どんなに離れていても、最高の思い出として彼らを胸に留め続けるという信念を繰り返している。俺は10年前に愛犬を亡くしたけど、今でもその喪失感を感じているんだ。MV では、そのメッセージを強調するために、人間と愛犬の絆を見せたいと思ったんだよ」
この曲とビデオの精神に基づき、BLOODYWOOD は、The Posh Foundationという地元の非営利動物保護施設に動物の救急車を購入する資金を提供しました。同団体が以前使用していた車両は、酷使と故障のために買い替えが必要でした。今後5年間でインドの首都圏にいる27,000匹以上のホームレス動物の命を救うことができるといいます。

一方で、”Machi Bhasad” は、高揚感とエネルギーに満ち、世界を変える声となります。
「元々は Ubisoft のゲーム “Beyond Good and Evil 2” のために作られた曲だ。新しい世代のパワーと、前世代よりも良くなる可能性を称える政治的メッセージのあるトラックなんだよ。ゲームの文脈の外では、この曲はトリビュートと行動への呼びかけ、その両方を意図している。俺たちのような人々に、かつて皆のためになることを考え、行動するようインスピレーションを与えたミュージシャンやリーダーへのトリビュート。同時に、多くの人の犠牲を払って少数のエリートに奉仕する不公平なシステムに疑問を投げかける。俺たちの世代が、先人たちが始めた仕事をやり遂げるための行動への呼びかけでもあるんだよな。世界をより良い方向に変えていくために」
パンジャブ語で “勇者よ生きろ” という意味の “Jee Veerey”は、鬱と戦い、心の健康を提唱するエモーショナルなテーマになっています。また、このシングルに関連して、オンライン・カウンセリングサイト HopeTherapy と提携し、彼らはバンドが負担する50回のカウンセリングセッションを提供しているのです。
「BLOODYWOOD の初日から俺たちは言っているんだが、メタルは楽しいものなんだ。いつも怒っている必要はないんだよ。よく、メタルは人生だと言われている。だから、喜んだり、悲しんだり、冷静になったりしてもいいんだよ。
俺らの曲が好きだという人からメッセージをもらったんだけど、そこには “でも、同性愛嫌悪や女性嫌悪に対するあなたの立場は?”って書いてあったんだ。俺はただ、”好きな人を好きになればいい” と言ったんだ。俺たちは、基本的にとてもオープンなんだよね。そういうメッセージを発信したいんだ」

Raoul にとって、”Raj Against The Machine” のタグ(バンドが最初のヨーロッパ公演の際に撮影したツアードキュメンタリーのタイトルでもある)は、単なるダジャレ以上のものでした。ラッパーである彼は、RAGE AGAINST THE MACHINE から音楽的にも活動面でも最も大きな影響を受けているからです。
「彼らは音楽が政治的、社会政治的な観点からどこまで行けるか、そして理想やアイデアの背後に人々を集結させるという点で、音楽がどれほど強いかを証明したんだよ。ほとんどのアーティストは、自分たちのやっていることで足跡を残したいと思っているし、俺たちも人々の生活にポジティブな影響を与えたいと思っている。それは作曲するときに常に念頭に置いていることで、このバンド全般のテーマは、この世界に価値を与えるものでなければならないということなんだ」
彼らは、そのポジティブさと正義の怒り、そして驚くほどユニークな音楽の組み合わせを、もうすぐ世界を震撼させることになるでしょう。
「どこに行くのか正確にはわからないけど、100パーセント確実に言えるのは、このアルバムにすべてを捧げたということだよ。完璧な嵐のように感じるよ。新しいセットでより高いレベルで戻ってくるし、フェスティバルもあるし、今年は本当に爆発するような、そんな良いポジションにいると思う…..音楽が音楽を超えて現実に影響を与えること、音楽が世界を変えることができることをさらに証明したいんだよ」
最後に、BLOODYWOOD とは結局、何なのでしょう?
「BLOODYWOOD はバンドであると同時にファミリーであり、ムーブメントでもあるんだ。俺らの音楽は、地球に永続的でポジティブなインパクトを与えるためのものなんだよ」

参考文献: KERRANG!:Bloodywood: “The theme of this band is that it has to be something that adds value to this world”

KERRANG!:Meet the man who brought metal to India

REVOLVER:WATCH INDIAN METAL VIRAL STARS BLOODYWOOD’S UPLIFTING NEW VIDEO “JEE VEEREY”

BLOODYWOOD BANDCAMP

“My Voice Isn’t Same As It Was When I Was In Black Sabbath. It’s Actually Five Notes Down From Where I Was With Black Sabbath. That’s an Age Thing As It Happens The Singers, But What You Have To Do Is Try And Work With a Voice You’ve Got.”

DISC REVIEW “THORNS”

「もし、私のバージョンの “Heaven and Hell” と、Dio のバージョンを並べて演奏して同じように聞こえなかったとしたら、それは2つの異なる声だから当たり前のことだ。だけど、良い方法でそれを表現することならできる。私はそうしようとしたんだ」
伝説的なバンドが象徴的なボーカリストを新たなフロントマンに交代するとき、不安は必ずつきまとうものです。JUDAS PRIEST, IRON MAIDEN, VAN HALEN, ALICE IN CHAINS。様々なバンドが様々な理由でバンドの顔をすげ替えてきました。その結果はもちろん千差万別。ただし、多くの場合、後任の新たな顔は前任者の呪いに苦しむこととなります。
「私の声は BLACK SABBATH にいたときと同じではないんだ。サバスにいたときよりも5音下がっているんだよ。これはどんなシンガーにも起こり得る年齢的なもので、しかたがないことだよ。だけど、シンガーならその今ある声で仕事をこなしていくべきなんだ。どうやら上手くいっているようだし、満足しているよ。自分の声の “キャラクター” を保てているし、それが一番大事なことだから」
BLACK SABBATH に関するフロントマンの議論は、一般的に Ozzy Osbourne と Ronni James Dio に二分されていて、Ian Gillan や Glenn Hughes はもちろん、バンドで二番目に長くフロントを務めた Tony Martin でさえ、その議論の机上にあがることはほとんどありません。Tony の BLACK SABBATH に対する貢献は多くの人に見過ごされ、否定されてきましたが、彼のパフォーマンスや楽曲は必ずしも公正に評価されてきませんでした。神話を語り、ドラマ性を極めた美しき “エピック・サバス” の首謀者であったにもかかわらず。
しかし、例えば TYR のような後続が Tony Martin 時代の素晴らしさを語り、さらには “エピック・サバス” のリイシュー、ボックスセットのリリース決定により潮目は確実に変わりつつあります。そうして、2005年の “Scream” 以来17年ぶりにリリースされた Tony のソロアルバム “Thorns” は、その再評価の兆しを声という “キャラクター” で確かなものへと変える茨の硬綱。
「BLACK SABBATH のことは考えていなかったし、このアルバムはすべて Tony Martin だけのものなんだ。私の頭の中では、それはそれは呪いのような、悪夢のような、様々な種類の音楽が様々な音や楽器で鳴っている。それを具現化するのが私のやるべきことなんだ。だから、これは私が何の制約もなく自分らしくいられるように許された作品なんだよ」
かつて5オクターブを誇ると謳われたその歌唱の輝きはいささかも鈍ることはありません。年齢の影響で5音を失ったとは信じられない表現力とパワー、そして声域が Tony Martin その人の華麗なる帰還を告げます。サバスは関係ないと言うものの、これも呪いでしょうか。アルバムは Cozy Powell や Neil Murray を擁した伝説の “Tyr” と Geezer Butler が復帰して骨太のドラマを聴かせた “Cross Purposes”、その中間にあるようなエピック・メタルを展開していきます。”When Death Call” の雷鳴轟く “As the World Burns” に涙し、”Book of Shadows” の呪術的な荘厳に歓喜するファンは少なくないでしょう。
ただし、”なんの制約もなく” という言葉を裏付けるように、作品は “エピック・サバス” よりも現代的かつ実に多様です。PANTERA を崇拝する Scott McClellan のギタリズムは非常にアグレッシブかつメタリック。62歳になる Tony のエンジンとなり、アルバムのアグレッションを司ります。元 HAMMERFALL のベーシスト Magnus Rosen のテクニカルなボトムエンドは “Black Widow Angel” が象徴するように秀逸で、VENOM の Danny Needham と結合して SABBATH の影を振り払っていきます。
“Crying Wolfe” における叙情とマカロニウエスタン、”Damned By You” におけるカタルシスとヴァイオリン、”Nowhere to Fly” における哀愁とドゥーム、そして “This is Your Dammnation” から “Thorns” に貫かれるアコースティックとブルースとメタルの混沌は、明らかに Iommi の世界ではなく、1971年にプログに人生を変えられた Tony Martin の多様です。
ある意味、これまでずっと重い十字架を背負い続けてきた歌聖。”Cross of Thorns” からその十字架を取り去った “Thorns” は、まさに Tony Martin 本来の情熱と存在感を際立たせるアルバムとなるはずです。「Iommi に、バンドにいるんだから自分が歌いたいようには歌うなよとよく言われていたから、そうしようとしたんだ (笑)。それは上手くいったし、別に嫌じゃなかったよ。とても楽しかった。だからそんなにプレッシャーを感じてたわけじゃないんだ。私は大丈夫だったよ」Tony Martin です。どうぞ!!

TONY MARTIN “THORNS” : 10/10

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“We Wanted To Create Something That Harked Back To The Foundations Of The Genre, Something That Tried To Tap Into The Magic Of The Days When You Could Hear a Tony Iommi Riff Or a Halford Scream On Mainstream Radio.”

DISC REVIEW “BLACK HARVEST”

「自分たちですべてを行うことで得られる創造的な独立性と経済的報酬、その観点からすると、これまで受けたオファーは意味をなさないということなんだよね。大手レーベルと契約する理由の多くは、足がかりやオーディエンスを見つける手助けなんだ。僕たちは主に Bandcamp から有機的にファンを増やすことができたから、今僕たちの権利を手放すことは意味がないと思うんだよ」
英国の陰鬱な伝承を描くドゥームの新鋭 GREEN LUNG は、その音楽だけでなく、この時代におけるバンドのあり方についても革命を起こそうとしています。独立志向の強いバンドは、メジャーレーベルとの契約を断り、代わりにフィンランドのカルト・レーベル Svart Records から最新作 “Black Harvest” をリリースすることを選びました。そうして、Bandcamp のアルバム・チャートで首位を獲得したのです。
「Spotify は僕たちのようなアルバム・アーティストにとっては最悪のプラットフォームだよ。アルバムよりもシングル曲が優遇され、プレイリストをコントロールするために多くの資金が投入され、無機質で、そして僕たちはほとんどお金を得ることができないんだ。Bandcamp はその逆で、80年代や90年代の口コミやジン・カルチャーに相当するようなオンラインのプラットホームなんだよ。僕たちの最大の収入源のひとつさ。インディペンデントな音楽文化をたった一つのサイトが救っているのだから、いくら高く評価しても言い足りないくらいだよ」
GREEN LUNG のフロントマン Tom Templar は Bandcamp について “音楽業界における最後の砦” と表現します。唯一の倫理的な音楽配信・販売サービスだと。メジャーから提示される前金よりも Bandcamp の方が利益が出る現実。実際、現代の音楽産業において Bandcamp は、インディペンデントのアーティストにとって文字通り命綱です。特に、”メインストリームの大きなロックバンドになろうとはしていない” GREEN LUNG のようなバンドにとっては。
彼らがメジャーからの支援を必要としないのは、今を生きるバンドらしいその成長過程にも理由があります。2019年のデビュー作 “Woodland Rites” は、70年代後半の NWOBHM 的郷愁のサウンドと BLACK SABBATH のオカルト・ドゥーム、そして1968年の “ウィッチファインダー・ジェネラル” といった心をかき乱す映画の感覚を融合し、アンダーグラウンドのメタル世界を沸かせました。
「パブで5人くらいを相手にライブをしていたんだけど、ネットの世界から熱狂的なファンが現れたんだ。今では、バンドのマスコット、悪魔のようなヤギのタトゥーを入れている人は20人以上いるんだよ」
ただし、バンドが大量の新しいファンを獲得できたのは Instagram の投稿がバズったからで、特に、伝統的な木版画のデザインでレコードを覆う、彼らの不吉でありながらエレガントな美学が音楽的にも視覚的にも “無料で” 潜在的なリスナーたちの元へと届いたから。もはや、20年代のバンドたちにとって、大きな音楽レーベルの養ってきたノウハウや豊富な資金力は必要のないものなのかもしれません。それよりも、真に必要なのはクリエイティブな自由。
「僕たちは一つのジャンルにとどまるようなバントでいたくはないんだ。ドゥームやストーナーの構成要素を取り入れ、それを使ってモダンなものを作りたいと思っているんだよ。例えば、TURNSTILE がハードコアで、POWER TRIP がクロスオーバー・スラッシュ でやったようにね」
GREEN LUNG が “現代的” なのは、その野心です。面白いものならば、創造的になれるのであれば、ドゥームという地底の音楽に STEELY DAN の羽を纏わせることも、MADBALL の跳ねを植え付けることも厭いません。そうして、”Black Harvest” はその哲学と “Woodland Rites” の基盤すべてを、よりビッグで、よりクラシックで、より壮大なものへと増幅させていました。
そうして、プロデューサー Wayne Adams のタッチ、オルガニスト John Wright のハモンドを前面に押し出しアルバムに思慮深くダークな雰囲気を与えつつ、Tom のキャッチーで世界を包むこむようなオジーの歌唱に、 Scott Black のリフが幾重にも活力と華を添えて “Black Harvest” は完璧なバランスを得ることになりました。つまり、”Black Harvest” は、DEEP PURPLE や BLACK SABBATH, QUEEN といったメタルの祖先が誇りに思うような、壮大な70年代のリバイバルでありながら、深い層を持った進化するアルバムであり、クラシックとなり得る強烈なインパクトと現代らしい奔放さを十二分に兼ね備えているのです。荘厳な”カテドラル” に灯る紫の炎、そして宿る女王の気品。
今回弊誌では、Tom Templar にインタビューを行うことができました。「僕たちは皆、若い頃にエクストリーム・メタル・バンドでプレイしていた。それがあったから、GREEN LUNG を始めたとき、逆にこのジャンルの基礎に立ち返るようなものを作りたかったし、Tony Iommi のリフや Rob Halford の叫びをメインストリーム・ラジオで聞くことができた時代のマジックに触れようと思ったんだ」 どうぞ!!

GREEN LUNG “BLACK HARVEST” : 10/10

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“I Remember I Read “Hagakure”, “Dokkodo”, “The Book Of Five Rings” And Works From Mishima Yukio. There Was Something On Those Books That Resonated With Me Since a Very Young Age And Made Me Look To Japan In a Very Personal And Respectful Way.”

DISC REVIEW “METANOIA”

「僕にとって日本は、幼少の頃から大きな存在だった。もちろん、アニメやゲームも入り口だったけど、やがて武道を嗜み、”葉隠”, “独行道”, “五輪書”、そして三島由紀夫の作品を読んだと記憶している。これらの本には、幼い頃から心に響くものがあって、とても個人的かつ尊敬の念を持って日本を見つめさせてくれたんだよね」
欧州のメタル侍。そう称したくなるほどに、PERSEFONE の生き様は彼らが深く薫陶を受けた日本の武士道を喚起させます。世界でも最小の国の一つアンドラから始まって、ビッグレーベルとの契約、Metal Hammer の表紙を飾るといったサクセスストーリーも、すべてはただ、 音楽的な”より善く” の探究を “潔く”、脇目も振らず続けた結果でしょう。
「どこの国でも2022年はストリーミングが主流だから、コンセプト・アルバムを作ることはマーケティング的に最も賢いやり方ではないかもしれないよね。でも、僕たちはただ音楽が好きなんだよ。最初から最後までリスナーに本物の音楽体験を提供したい。それが、僕たちにとっての PERSEFONE の音楽だから」
ストリーミング全盛の世の中において、壮大なコンセプト・アルバムにこだわり続ける。実際、主流に贖い自らの “正義” を通すそんな彼らの武士道こそ、PERSEFONE が世界に認められた理由の一つ。さらに彼らは、現代のプログ・メタル界において、おそらく他のどのバンドよりも破壊的で残忍なテック・デスメタルと、荘厳さ、スピリチュアルな詩歌を巧みに組み合わせることによって、その存在を際立たせているのです。心が洗われるような荘厳美麗の刹那、襲い来る津波のようなテクニカルの牙。その対比の魔法は中毒になるほど鮮烈で、PERSEFONE だけに備わった一撃必殺の抜刀術に違いありません。
「”Metanoia” は、人間の中の深い変化、痛みと意思よる変化についての作品で、個人の闇の奥深くに潜り、もはや役に立たないもの全てを手放し(”Katabasis”)、新しい存在として再び立ち上がる(”Anabasis”)ためのアルバムなんだ」
“悔い改める” というギリシャ語のタイトルが示すように、”Metanoia” は、主人公が精神的なメルトダウンに陥り、そこから抜け出すまでの道のりを辿る壮大な物語。地獄から抜け出すための第一歩は、そこに問題があることを認めること。つまりそれは、心からの内省なのかもしれませんね。前作 “Aathma” では、CYNIC の Paul Masvidal が物語の案内人を担当しましたが、今回は LEPROUS の Einar Solberg が担当。”Pitsfall” という “落とし穴” から蜘蛛の糸をたどって抜け出した Einar ほど、その大役に相応しい人はいないでしょう。
新たなプログレッシブの声による精神世界の対話が終わると、現実という地獄が突然解き放たれます。”Katabasis” の根幹を成すのまさには灼熱のリフワーク、地獄の業火。この曲の優美で繊細な瞬間は、強引に、しかし巧みに、残忍さや複雑さと対になっています。こうした繊細と破壊の戦いは、レコードに類い稀なるダイナミズムと流動性をもたらし、気が遠くなるような主人公の精神的苦痛を伝えるのみならず、リスナー自身の体に直感的な苦痛を植え付けていきます。
燠火に彩られた牧歌的なピアノの旋律がリスナーを迎え入れる “Leap of Faith” は、驚くべきサウンド体験だと言えます。彼らはもはや、心をゆさぶる音楽を演奏するだけではなく、芸術を通してカタルシスや超感覚までをも生み出せることを示した異能のインスト作品。それでも、PERSEFONE は PERSEFONE にしか飼いならすことのできない内なる神獣を宿していて、その発火を待ち焦がれる召喚獣の嗎が、複雑さと凶暴性をすぐさま呼び寄せていくのです。
「僕にとっては “Spiritual Migration” の時代は個人的に難しい時代だった。だからライブで楽しく演奏していても、多くの人が好きなアルバムだとわかっていても、あのアルバムを聴くのは結構キツいものがあるんだよ。だから、”Consciousness pt3 “を作るために “Spiritual Migration” のリフを再利用することは、ある種のセラピーだったんだ」
作品の後半で、 Spiritual Migration” を歌詞や楽曲の引用という形で数多く取り上げたのは、Carlos にとっても地獄から舞い戻るためのセラピーでした。トラウマを乗り越え、生まれ変わるために再訪した過去こそが “Consciousness Part 3″。もしかするとこの楽曲は、DREAM THEATER が20年以上も前に “The Dance of Eternity” で成し遂げたプログとインストの魔法を現代に蘇らせるタイム・マシンなのかもしれませんね。”Spiritual Migration” のオープニングを飾る独特のリズムパターンと、PINK FLOYD のセグメント、そしてあの “Flying Sea Dragons” で登場した海龍の如きタッピングで締めくくられる楽曲はあまりにも秀逸な復活の音の葉。
そうしてこの長い精神の旅路は、前作を彷彿とさせる組曲で終焉を迎えます。”Anabasis” 三部作において彼らは、ジャンルの壁や先入観をいとも簡単になぎ倒し、技術的な複雑さと感情的なサウンドスケープの奇跡的な婚姻によって映画のような没入感を生み出すことに成功しました。いつかの ANATHEMA のように、長く暗い内なる夜は永遠にも思えるが、太陽は確かに昇るのだと語りかけながら。優しく、静謐に。
今回弊誌では、Carlos Lozano にインタビューを行うことができました。「音楽は、僕たちの周りで起こるすべての狂気から、僕たちを逃れさせてくれるよね。僕たちは、世の中で起こっているすべてのことから、できる限り音楽を遠ざけておこうとしているんだ」どうぞ!!

PERSEFONE “METANOIA” : 10/10

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“You Just Developed Something Unique Because We Lived In an Analog World. So, That’s One Thing I Really Miss About a Lot Of Guitar I Hear, Now. The Voice. The Uniqueness. Now, That’s Not To Say There Aren’t Some Really Amazing And Talented People Out There. There Are!”

DISC REVIEW “STORY”

「私たちの世代が何かを学ぶには、先生に教わるか、アルバムから耳で聞いて理解するしかなかったんだ。私が実際に覚えたリックや曲のほとんどは、レコードやリスニングから得たものだったよ。ロック・ギタリストはみんなこうやって学んできたんだ。
そうすると、多くの場合、90%くらいの精度で覚えることになる。いつも小さなミスがあるんだよ。でも、その隙間を自分なりに埋めていくことで、すべてが組み合わさっていく。自分自身の声を開発することができるんだ」
完璧さ、清潔さ、均一さ。機材や教材、リスナーの進歩によってギターの習得はより “オートメーション化” され、”正しさ” が追求されるようになりました。そうして敷居が下がり、多くの人にギターの習得が解放される裏側で、私たちは最も重要な何かを置き去りにしてはいないでしょうか?それは個性であり、ギターから発せられる自身の “声”。バークリーで学び、20年以上教鞭をとってきた Terry Syrek の10年をかけた壮大な旅路は、かつてギターに備わっていたそんな浪漫を再び呼び起こします。
「DREAM THEATER のオーディションにクッキーモンスターのTシャツを着て来るような人こそ、一緒にプレイしたい人というかね。ある意味、”Story” を象徴しているようなものだよね。プログとクッキー・モンスター(笑)」
Marco Minnemann, Bryan Beller, Mohini Dey, Lalle Larsson。Terry 呼ぶところの “最高の中の最高” がこの “Story” という物語に集ったのには理由があります。運命。もちろんそれも一つの理由。しかしそれ以上に、Marco 語るところの “本当に複雑で、とても長く、とても速く、速くなくても残酷で、ジムに通いながら計算をするような” 複雑怪奇な楽曲たちをこともなげに制圧し、なおかつ二人のモンスターの大冒険を楽器で表情豊かに楽しく表現する。そんな芸当をこなせる怪物級のアーティストは決して多くはありませんでした。ここにあるのは文字通り、”プログとモンスターの融合”。
「私はビデオゲームが大好きで、それ以前は本をたくさん読んでいた。主にファンタジーやSFのようなものをね。”スター・ウォーズ” や “ロード・オブ・ザ・リング” の大のオタクでね。だから、 “Story” では、自分の人生のさまざまな愛をつなぐ方法をやっと見つけたという感じでもあるのさ。音楽もあるし、ファンタジーもある。大事な二つをやっとつなげることができたんだ」
“ダークナイト” や “トランスフォーマー” で知られる多才なハリウッド俳優 Keith Szarabajka のナレーションは、言葉のない音楽世界の冒険において重要な地図であり灯台です。「ちょっと待てよ、これは何だ?」「わからないが、モンスターだと思う」しかし、そんな逃避行の始まりからすでに楽器は歌っています。実際、Terry のギター・テクニックとスピード、そして正確性は驚異的です。それはあの今は亡き伝説のギタリスト Shawn Lane の後継者には彼こそが相応しいと思えるほどに。しかしそれ以上に重要なのは、一聴して Terry だと伝わるようなトーン、サウンド、音の並び、メロディーといった際立つ個性。結局、彼には自らを語る “声” が存在するのです。
とはいえ、焦点はあくまでも楽曲であり、テクニックのために楽曲が犠牲になることはありません。聴き応えもあり、飽きさせず、終始楽しくワクワクが継続。変拍子の高速ギターとキーボードのユニゾンテーマ、燃え上がるようなギターソロ、そんなインテンスの裏側で、鳥肌が立つような情熱的、叙情的メロディーが心を掴む。
ただ速いギタリスト以上の存在…Terry を際立たせているのはそのカラフルなコンポジション。優れたギタリストである以上に優れた作曲家である。そこに大きなアドバンテージがあるはずです。
「今回弊誌では、Terry Syrek にインタビューを行うことができました。「ギターは君の翻訳装置なんだ。君の考え、君の性格、君の存在そのもの。君のすべてを音に変換することができるんだよ。これはすごいことだよ! だから、それを愛するんだ。本当に本当に愛して、育てていくんだ。毎日、喜びを見い出すんだ。YouTubeでみんながあれこれやっているのを気にする必要はない。自分の声を見つけ出すんだ」 どうぞ!!

SYREK “STORY” : 10/10

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“I Definitely Feel Symphonic Rock Was, And Is, An Important Genre For Women In Music. It Opened Many Doors For Me And Other Female Singers, And I Think It Continues To Do So Today.”

DISC REVIEW “NEPTUNE BLUE”

「90年代、Erik と私は、LANA LANE, ERIK NORLANDER, ROCKET SCIENTISTS で、年に2、3枚、時には4枚ものアルバムを発表していたわ。だけどね、私たちは短期間に多くの作品をリリースすることは、その創造というプロセスから喜びを奪ってしまうと感じていたのよ…」
“LANA LANE はフェイド・アウトした”。そう感じていたファンは実際、多いのではないでしょうか? 威風堂々たる “Love Is An Illusion” で日本を席巻し、”Garden of the Moon” でシンフォニック・ハードの女王、その座を揺るがぬものとして世界へと飛び立ったあの圧倒的な快進撃を目撃していたとすればならなおさらのこと。魔法、輝き、神秘性…言葉ではうまく言い表せない何かが失われてしまった…残念ながらそんな感覚がいつからか、少なくとも私にはありました。大名盤 “Queen of the Ocean” のしばらく後…くらいからでしょうか。
しかし、そう感じていたのは実は張本人である Lana Lane も同じ。原因は多忙と多作。アーティストは決して打ち出の小槌ではありません。強欲に任せて無い袖を振らせるなどはもってのほか。結局、彼女は疲労困憊で10年もの長い間、音楽世界をほぼ離れてしまうことになります。
「私にとって歌うことは、何年経っても本当に自分の一部だから、10年という時間をおいてもっと自分の声や歌に馴染めたのかもしれないわね。私たちは永遠に変化し続ける存在よ。願わくばより良い方向へと向かっていければいいわね」
ただし、その長い休養期間も決して悪いものではなかった。復活作 “Neptune Blue” を聴けば待ちわびた “最初からの” ファンもそう思うのではないでしょうか。
“覚えてる?帰ってきたわ。これが私よ!” と訴えかけるオープナー “Remember Me” はまさに圧巻。みなぎる声の張り、繊細と大胆を自在に使い分ける感情のパラメーター、そして何より初期のフックや勢い、旋律の魔法が時を超えてこの海神の青には再び宿っています。それはきっと、”詠時感 時へのロマン” と言い換えてもいいのかもしれません。
「Erik と私は、このアルバムをオーガニックなものにしたかったの。つまり、それぞれの曲をそれぞれの声で表現したかった。だから、今回はある曲がより “ブルージー” になったとしたら、それを私たちが分類されているような他のジャンルの音楽に無理に合わせようとするのとは対照的に、しっかりとその方向で発展させることができたのよね」
無理にシンフォニックである必要はない。無理にプログレッシブである必要はない。無理にハードである必要はない。10年の休養は、Lana の心から様々な “穢れ” を洗い流しました。原点回帰とは言わないまでも、完全に “無邪気な” 創造性によって育まれた “Love is an Illusion” の “青” がたしかにこのアルバムには流れています。プログはプログに、ハードロックはハードロックに、フォークはフォークに、ブルースはブルースに、そしてシンフォはシンフォに。楽曲の長所を伸ばす有機的な栽培方法は、無農薬の創作物をスクスクと育てるにうってつけのやり方でした。ただし、貫かれた部分も存在します。それは、”ポップ・センス” という ASIA からの贈り物。
長年、ASIA でフロントマンを務めた John Payne のゲスト参加。実はそれがこの素晴らしき復活作の一つの鍵となっています。彼が Erik Norlander と立ち上げた DUKES OF THE ORIENT はまさにトリガーでした。例えば “Remember Me” の勇壮なミドルパートやアコースティックのアウトロ、”Under The Big Sky” の華やいだイントロダクション、”Far From Home” のダウンズ・イズムなど、ASIA 独特のコードと鍵盤の関係性が再現された楽曲は数知れず。そして何より、特に”Secrets of Astrology” 以降平坦にも感じられた旋律の数々が、ASIA イズムの導入によって再びダンスを踊り始め、輝き始めたのです。
かつて “I Belive In You” の楽曲提供を受け、ともにプロジェクトを始動させる可能性もあった John Wetton の5周忌にリリースされた偶然も、この作品の信ぴょう性を高めました。
もちろん、欲を言えばキリがありません。例えば、私たちは Jeff Kollman がこんなものではないことを存分に知っています。楽曲にあわせたといえばそれまでなのでしょうが、荘厳なクローサー “Neptune Blue” に垣間見えるギターの狂気をもっともっと聴きたかった。”EDWIN DEAR の “Can’t Break Me” を思い出して欲しい!” とか、”Don Schiff もっともっとスティック唸らせていいでしょ。LANA LANE といえばベースでしょ。”Symphony of Angels” のイントロのあの “ドゥーン” が人生変えたんだよ!” とか、”ドラムの音!” とか。しかし、そんな話は結局些細なこと。この物語の主人公は、Lana と Erik の二人なのですから。彼女と彼の “ハネムーン” という蜜月はまだまだ続いていきます。
今回弊誌では、Lana Lane にインタビューを行うことができました。「シンフォニックでハードな音楽は、昔も今も、ロックに携わる女性にとって重要なジャンルであることは間違いないと思っているわ。私や他の女性シンガーに多くの扉を開いてくれたし、現在も扉を開き続けているから」 どうぞ!!

LANA LANE “NEPTUNE BLUE” : 10/10

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“It’s Always Good To Push Your Boundaries. It’s Fun! The Feeling Of Accomplishment Is The Feeling Of Fulfillment.”

Steve Vai 最後のスタジオ・アルバムから6年が経ちました。エレクトリック・ギターの巨匠は、確かに他の追随を許さない驚異の作品群を有していますが、意外にもその数は決して多くはありません。彼のファンが望むことはただ一つ。「もっと!」
そして遂にその望みが叶います。”Inviolate” は Steve の最も冒険的で妥協のない演奏に満ちながら、シュレッド以上に彼のトレードマークとなった独特のニュアンスとアヴァンギャルドな個性を前面に押し出しています。
肩の手術のため片手で演奏した “Knappsack” や、ホローボディのジャズギターを使った “Little Pretty”、それに目玉のヒドラギターといった異常事態も謳歌する威風堂々。むしろ挑戦のために自ら異常事態に飛び込むその創造性は驚異的。そうして、万華鏡のようなエキゾチックなヴィジョンで、”Apollo in Color” や “Zeus in Chains” といった楽曲はリスナーの心中に喚起的な絵を描きだしていきます。それにしても、アポロやゼウス、ヒドラとはまるでギリシャ神話の世界です。
「そうなんだ。不思議な感じだよね。それって偶然の産物で、意図的なものではなかったからね。まあその後、意図的になったんだけど。”Zeus in Chains” を作ってレコーディングした後、タイトルが決まっていなかったんだよね。面白いことに、私は聴くだけで、その曲がタイトルを教えてくれることが多いんだ。それで、中間部の巨大で低音のギター・リフがハモりながら、その上に超絶不協和音の音が浮かんだところで、あの曲が “これは Zeus in Chains という曲だ”と言ったんだ(笑)
“Apollo in Color” は、妻の馬の名前なんだ。ただ、その名前を、いつも素晴らしい曲のタイトルになるぞと思っていたんだ。”Apollo in Color” ってタイトルは、基本的に僕があの曲を作るのを助けてくれた。だから、ある時は曲がタイトルを教えてくれるし、またある時はタイトルにその曲がどんな風になるかを左右されるという、逆の状況が起こり得るんだ」

同じく、神話上の存在であるヒドラをギターになぞらえたのはなぜだったんでしょうか?
「ヒドラというのは神話に出てくる竜のような生き物で、頭がいくつもあって、一つを切り落とすともう一つ生えてくるからね。だからピッタリだった。そうだ、このギターはそういう名前にするべきだ!と思ったんだ。でも、このギターのもともとのアイデアは5年ほど前に始まったんだ。マッドマックスの映画を見ていたら、砂漠を飛んでいるシーンがあって、トラックの前に縛り付けられた男があんな感じのサイバー・パンクなギターを抱えていて、それを演奏しているんだ(笑)」
映画で有名になったギタリストが、映画の中のギタリストに感化されるとは。
「あの男を見て、”あのギターはたしかにかっこいいけど、偽物だ” と思ったんだよね。それで、”あれは偽物なんだから、本物を作らなきゃ!” と思ったんだ。そこで、複数のネックとハープ弦を持つギターを作り、そのギターで曲を作ることができるようにしようというアイデアが生まれたんだよ。とんでもないギターを持ちながら、そのギターで曲を書いて、音楽を生み出す。完全にそのギターだけで演奏できる、そんな曲を作りたいと思ったのがすべての始まりだったんだ。オーバーダブもループも何もなしでね。その挑戦は、基本的にすべての弦楽器をジャグリングするような音楽を書くことだといえるだろうね」
ネックを3本にしたのはなぜなのでしょう?
「元々、3つのネックを持つギターを作るというアイディアがあったんだ。半分フレットレスになっている12弦のネック、7弦のネック、2弦がフレットレスになっている3/4サイズのベースネック、そして (ピックアップをまたぐ) 13本のハープ弦という感じかな。当時はスチーム・パンクのファッションにもハマっていたから、資料と自分のアイデアを集めて Ibanez に送ったんだ。彼らはとても興奮して、まさに壁を打ち破り、そのアイデアを実現させてくれたんだよ。最初はレンダリングが送られてきたんだけど、私はそのレンダリングを見て、”本当に作るつもりなのか?” と聞いた。そうしたら、”やるよ!” って。でも、ヒドラが家に届いてケースを開けたときは、ただただ唖然としたよ。すごかったけど、威圧感もあった。このギターで曲を作らなければならないと思ったんだ」
Ibanez の技術力は凄まじいものがありますね?
「Ibanezのデザイナーは、私が期待していた以上のことをやってのけたんだ。シンセサイザーのギター・セクションを丸ごと楽器に取り込んで、ピエゾ、サンプルホールド、サスティナー…本当に驚嘆に値する技術だよ」
すぐヒドラに馴染めたのでしょうか?
「このギターが届いて、スタジオに立てかけていたんだけど、1年半くらい、このギターの前を通るたびに不安の発作が起きるんだよね!(笑) 。このギターとしっかり向かい合って、曲を考えなければならないと思ったよ。それで、6週間かけてヒドラと共に過ごし、まず思ったのは、”なんてことをしちゃったんだろう” ということだったな。どうしてこんなことに巻き込まれてしまったんだろう?私の手足はこんなに自立していない。手が二本しかないのに、どうやって完全にシームレスなメロディーを作るんだ!ってね」

それでも、不可能を可能にするのが Steve Vai という男です。
「10秒くらい強烈な懸念があったんだけど、それから別の声が聞こえてきたんだ。こういうときはたいてい自信に満ちた自分の声が聞こえてくる。そしてその声は、”黙ってやれよ、Vai! お前ならやれる! 時間をかければできるんだ!黙ってやってみろ!” ってね。”黙ってやれ!始めろ!”。そして私は、”わかったよ…” という感じでゆっくりと曲を書き始めたんだ。面白いのは、多くの場合、不可能に思えることでも一度始めてしまえば不可能に思えなくなるということなんだ。ただ、始めるだけでいい。だから、私はそうしたんだよ」
“The Teeth of the Hydra” はまさにヒドラギターのための楽曲です。
「”The Teeth of the Hydra” を聴くと、面白いことにベース、7弦、12弦、ハープ弦のすべてが、あのギターで一度に演奏されているから、非常にリニアなんだよね。イントロができたところでヴァースに入り、エレガントでシームレスなサウンドになるまで作業を続けていった。バラバラな音楽ではダメなんだ。そうではなく、ギターの、そして私自身の可能性に敬意を表したかったんだ。そして、それができたと思っているよ」
“The Teeth of the Hydra” が、ヒドラギターで作られたことは理解していたとしても、同時に通して演奏していると気づいた人は多くはないでしょう。誰もがマルチトラックでのレコーディングだと考えるはずです。
「このギターがあれば、全部できるんだ。録音した後にやったことは、ハープの弦が全てを拾ってしまいノイズが多いので、トラックをもう1つレイヤーしただけだよ」
リニアな演奏といえば、片手だけで弾ききった “Knappsack” は超絶でした。
「私にとって、楽曲の中で最も重要なのはメロディーだ。 “Knappsack” のように、片手で録音するというアイデアは必要に迫られてのことだったんだ。そして、自分にはそれができると思っていた。片手でレガートとハンマリングを駆使したギターを弾くのは、それほど難しくも、不思議なことでもないんだよ。でも、メロディーは Vai ならではのものでなければならないし、私が音楽を作る理由は、メロディーを書くのが好きだからなんだからね。”Knappsack” をレコーディングするときに、メロディとヴァースのコード・チェンジを書き出して、何かわかったような気がしたんだ。このメロディーを作れば、あとは楽勝だと思ったんだ。狂喜乱舞できる! ってね。この曲で実現したかったことのひとつは、容赦のない感じだった。私はそれが好きなんだ。執拗さの中にエネルギーがあり…Zakk Wylde と一緒にステージに立つと、それはもう容赦ないんだよね。彼のパワーは半端じゃないから、ごまかしがきかないんだ!(笑)。でも、作った後にあのビデオを見るのは本当に楽しかったし、それこそが僕の目的であるエンターテイメントなんだ。僕はエンターテイナーなんだよ!」
音楽家が片方の腕を失うというのは、一時的とはいえ大変なことで、自分の力の半分が失われたようなものでしょう。そんな中でも Vai は実にポジティブかつ楽観的です。
「そうだね、とても簡単に受け入れたよ。それは挑戦だけど、何が起きても自分の利益になるようにと考える。結局それは自分のためになっているんだよ。だから、肩が痛くなったとき、まず、現状を受け入れた。なぜなら、現状を受け入れないと深い苦しみが生じるから。戦っても決してうまくいかないけど、受け入れることでうまくいくんだよね。だから、右手が使えないこと、肩がこることを受け入れたら、片手でやるという決断も視野に入ってきたんだよ。そして、私はただ、レモンからレモネードを作ったんだ」

しかし、多くの音楽家が病気や怪我の深い悩みを抱えているのも事実です。有効な対処法はあるのでしょうか?
「私がやっているのは、楽しい時間を損なうことなく、手と体の安全を意識してベストを尽くすこと。私たちの生活の中ではいろいろなことが起こる。この41年間のツアーでも、いろいろなことがあった。だから起こったことをただ理解するんだ。人生の中でやっていることと同じだよ。不幸だと思っても、それが違う方向を示してくれることだってある。だから、ただ進むだけさ」
怪我だけではなく、例えば、”Little Pretty” という曲では、ホロウボディのグレッチで演奏するという “意識的な制限” を加えていますし、”Candlepower” ではゲインもハムバッカーも使わず、指だけで演奏しています。ジョイント・シフティングという新たな技法も生み出しました。
「この曲は、私が見つけた小さなリフから始まったんだ。私は何千ものリフを持っていて、寝る前にギターを持って演奏し、何か見つけたらそれを録音している。この曲もそんな、ちょっとした断片から始まったんだよ。このジョイントシフトのアイデアは、何年も前から頭の中にあったんだ。まず、ハードテイル・ギターが必要だった。ワーミー・バー付きのギターでは、ある音を曲げると他の音がフラットになってしまうからね。事実上不可能なんだ。そうして、音符が異なる方向に進むような一連のベンドを続けようと考えた。だから、私が他の音や開放弦などを弾いている間に、複数の音がベンドされているんだ。音を曲げながら演奏するというのは、それほどユニークなコンセプトではなく、カントリー・プレーヤーならよくやることだ。しかし、2つの音を異なる方向にベンドし、さらに3つ目の音も曲げるというのは、このコンセプトから生まれたものだよ。この奏法は私が発明したと言われているけど、どうだろうね。ジェリー・ドナヒューというギタリストがいて、彼も同じようなことをやっていたからね。でも、彼はカントリーの巨匠だから、メタルは弾かない。
時間はかかったけど、きっとワイルドなサウンドになると思ったんだ。これは変だから、やらなきゃって思った。それが、僕がギターで一番好きなことなんだ。従来のサウンドとは違う、しかし音楽的なものを考え出すこと。重要なのは、ただのギミックじゃなく、音楽的でなければならない。このジョイント・シフティングのテクニックは、いくつかのパッセージで使ったけど、私が期待しているのは時間のある若いプレーヤーがこのテクニックを見て、その可能性を理解し、さらに別のレベルに持っていってくれることなんだよね。私の頭の中には、このテクニックとそれ以上のものを使って演奏される音楽の全貌が見えている。ただ、私が本当に行きたいところに行くには時間が足りなかったんだ。完全な集中力が必要なんだよ。私が考えているところに到達するためには、1年間は集中しなければならないからね。だから、私がそれをやるかどうかはわからないけれど、若いプレイヤーたちが、Vai が持ってきたものはこれだ、これをどこに持っていけばいいんだろう?と考えてくれたらうれしいね」

“Avalancha” は Steve が今まで書いた中で最高の曲のひとつではないでしょうか?
「素晴らしいメロディーを持つ、本当にヘビーなものが欲しかったんだ。凶暴で、激しく、熱狂的なサウンドにしたかったんだけど、同時に良いメロディーが欲しかったんだ。ベースは Billy Sheehanなんだけど、”Real Illusion”(2005)時代に録音したもので、”Building the Church” とこの曲で迷った時に前者を選び、 “Avalancha” はしばらく棚にしまっておいたんだ。完成させたいとずっと思っていたから、これはいい機会だったね。基本的にベースとドラムはできていて、あとはメロディーを書いて肉付けしていったよ」
“Greenish Blues” は Peter Green へのオマージュなのでしょうか?
「そうじゃないんだ。Peter のことはもちろん尊敬しているけど、私はそういうブルース・プレイヤーではないからね。グリーニッシュ・ブルースと名付けたのは、コード・チェンジがブルースのコード・チェンジに似ているからで、この曲での私の演奏はブルース的ではあるけれど、従来のブルースというよりは私の奇妙な偏屈さが出ているんだ。グリーンという色は、私のキャリアを通じて、ほとんど最初から使っていた色なんだよね。”Alien Love Secret” のタイトルもあの緑色だよね。だから、この曲を “Greenish Blues” と名付けたのは、”Vai Blues” と言うのと同じことなんだ」
以前、Stevie Ray Vaughan にオマージュを捧げていたことがありますね?
「Stevie へのトリビュート(”The Ultra Zone” 収録の “Jibboom”)は、彼がやりそうなことを私もやっていたからなんだけど、Peter Green の場合は彼のことを考えていたわけじゃないんだ。もしそうなら、彼の演奏を聴いてその感性を自分の演奏に反映させ、偉大なアーティストに敬意を表し自分の声を出すかもしれないけど、そんなことはしなかったからね。もちろん、彼のことは知っているけど、私のお気に入りのギタリストというわけではないんだ。どうせブルースなんて弾けないしね(笑)」
明らかに Steve Vai は今でも “Little Stevie” の冒険心を持っていて、長い間ギターに熟達しているからこそ、新鮮さと興味を高く保つために新しい挑戦を行なっているようにも思えます。
「プレイヤーとしてどんな状態であろうと、実績があろうとなかろうと、自分の限界に挑戦することは常に良いことだ。何より、楽しいよね。達成感があるからこそ、充実感があるんだから。12歳のときに初めてギターを手にしたとき、すぐに病みつきになったんだ。楽譜の読み方はわかるけど、ギターの弾き方はまったくわからないという、何もできない状態だった。LED ZEPPELIN の曲集を買ってきて “Since I’ve Been Loving You” の弾き方を覚えたら最高の気分になった。そして、その感覚はずっと続いている。できないことを想像して、でもそれを実行に移せば手が届くとわかっていて、そしてそれを成し遂げて予想以上にうまくいったときは、まるでパーティーを開いているような気分になるんだ! 爆発しそうなくらいにね。いつもそうなるとは限らないよ。でも、次に進むんだ!(笑)。自分らしい表現ができたときの達成感は、喜びだね。それが病みつきになるんだよ。だって、世の中がどうであろうと関係ない。人がどう思うかなんて関係ない。政府が何をしていようが、宗教が何をしようが、経済がどうであろうが・・・自分自身の小さな秘密が進行中で、そこに集中し、それを尊重するとき、そんな時間は本当に楽しいものだ。それを尊重するべきだよね」

楽器とのコミュニケーション、あるいは楽器との関係は、プロになってから40年あまりで変化を遂げたのだろうか?それとも、20歳の頃と同じなのだろうか?
「ミュージシャンと楽器の関係はミュージシャンによって異なると思う。とても知的なアプローチをする人もいれば、とても感情的なアプローチをする人もいる。そのどれもが有効であり、そのどれにもリスナーがいるわけだから。ある人は、感情的な部分をうまく表現できず、そのような刺激を好む知的な人たちから支持されるでしょう。ある人はその逆かもしれない。私は、そのすべてが欲しいんだ。中でも私は、素晴らしいメロディーの感覚を味わいたい。それが、自分にとっては一番大事なことなんだ。泣いたり、笑ったり、ズタズタにしたり……”Inviolate” を聴くと、前作ほどシュレッドしているとは思えないだろう? だけど、それはシュレッドから離れたからではなく、単にメロディーを刺激することに興味があるんだと思うんだ。
私の場合、人生の中で演奏について、より知的なことを考えた時期がとても長かったんだ。自分のスキルを磨いたともいえる。でも、それは楽器とのつながりではなく、自分自身とのつながり、そしてそれを弦と指板のでどう表現するかということなんだ。もちろん、楽器に個性を持たせることはあるよ。でも、長年にわたってツアーに出たり、演奏したりしてきた結果、私が身につけたもの、そして今も身につけ続けているものは、楽器の上で、自分の内耳とつながることなんだ。それは、即座に創造的な表現ができるようになることと言い換えてもいいだろうね」
Vai が演奏するときの仕草や表情はとても印象的です。
「何年も前から、自分にはちょっと風変わりな動きやおかしな表情があることに気づいていて、それを叩かれることもあった。なぜ、そんな動きをするんだ?どうしてそんな変な顔をするんだ?(笑)。でも、やめられないんだよ。勝ってにそうなってしまうんだ!だから、数年前にそれに身を任せたんだよ。なぜなら、自分の自然な傾向に身を任せるって、本当に自分自身であることだし、それはとても気持ちのよいものだから。実際のところ、批判する人たちにエサを与えない限り、彼らは君に対して何の力も持たないよ。私は馬鹿にするのが大好きな人たちに、そのエサを与えてしまった。そんなことをしていたら、肝心なことを見逃してしまうよ。だから、もう今の私にとって重要なのは、楽器や観客、自分の身体とのつながりを、自然に感じられるようにすることなんだ。そして、もうそれについて言い訳はしない。それがありのままの姿だから(笑)」

かつて、Steve Vai は12時間ぶっ続けで練習をしている、なんて噂がありました。
「よく自分の練習や規律について質問されることがあるんだけど、正直言って、何もないんだよ(笑)。やりたくないことはできないからね。重要なのは情熱さ。情熱は、規律よりもはるかに優れた創造のエンジンだから。規律というのは、何かをしなければならない、苦労しなければならないということを意味する。”やりたくないことでも、絶対にやるんだ!”、誰が何と言おうと、私はそんなやり方が嫌いだよ。ここに座って2時間音階の練習をする、それが私の鍛錬だとか、私はそんな風に思ったことはないんだ。ただ自分にとって、ギターから離れることが、唯一、規律を必要とする時だったといえるね。ギターの技術やエクササイズを演奏し、30時間のワークアウト、それは喜びでしかなかったよ。好きでなければ、そんなに長い時間座ってギターを弾くことはできないからね。他のことはすべて気晴らしで、ギターが一番。なぜだかわからないけど、そういうものなんだよね。
自分自身のユニークな創造性に、自然で熱狂的だと感じられる時だけ、情熱を味わうことができるんだ。幸せをつかむためには、”偉大でなければならない”、”成功しなければならない” と信じるプレッシャーやストレスから君を解放してくれる、本当に素敵な鍵が必要だ。自分自身の創造的な喜びを表現すること。それが鍵なんだよ。そして、成功はその結果で、オマケでしかない。プリンスやボウイ、あるいはベートーベンといった偉大な芸術家を見ればわかるよね?」
とはいえ、手癖と楽しいだけでは上達しないのも事実でしょう。
「もちろん、自分の情熱のためには、ある種の規律を用いなければならないこともあるよ。ヒドラの後ろに座ったときもそうだった。訓練は必要だったけど、そのビジョンは情熱的で、達成できるとわかっていたんだ。自分の手の届かないところにあるアイデアに触発され、でもがんばればそれを手に入れられるとわかっているとき、君ならどうする?それは、宇宙が君のために特別に作り上げた本物のアイデアなんだよ。幸せになるために到達しなければならないと信じていることを、未来に先送りしてもしかたがない。今が不幸なら、いつになったら幸せになれるというんだい?幸せになれるのは、今だけなんだよ。もし君がギターを弾いていて、自分の音楽が好きならば、名声や成功への希望をすべて捨てて、今まさに演奏している喜びに全神経を注げば、それこそが成功へ邁進する創造のエンジンなんだよ」
それでも、若いギタリストにはある種の “手引き” が必要でしょう。
「”Alien Guitar Secrets” というライブストリームをやっている。そこでは音楽やギターについて、一般のギタリストが興味を持ちそうなことをすべて話しているんだ。もう一つのライブストリーム、”Under it all” では、スケールやその他のものよりも、自分自身について理解することがより重要だといった、心理的なものに焦点を当てているんだ。自分の欲求や能力など、自分自身についてどう感じているかということが、すべてに優先するからね。そして、その感じ方は、音楽家を前進させ、育成し、進化させる上で最も重要なもの。すべては、君が頭の中で自分に言い聞かせる言葉の中にあるんだからね」

“Inviolate” のツアーに私たちは何を期待すればよいのでしょう?
「ライブに来た人たちに体験してほしいのは、ただ楽しい時間を過ごしたい、楽しませたいという人たちと同じ環境に身を置くこと。音楽と完全に一体となったバンドを見ることができ、興味深く、魅力的で、楽しく、美しいメロディーを奏でるパフォーマーを見てほしい。それが、私が望む体験だよ。ショーにかんしては、もし自分が観客としてショーを見ていたらどんな感じだろう、自分が見たいもの、感じたいもの、体験したいことは何だろう、と想像しながら作るのが好きなんだ。音楽に関して言えば、今回のツアーでは、過去のセットリストを洗い直すことができる。”For the Love of God”, “Tender Surrender”, “Bad Horsie” など、みんなが聴きたいと思っている曲をいくつか、それから、カタログの中から演奏したことのない曲を入れたいと思ってるんだ。リストの中の1曲は “Dyin’ Day”(1996年の “Fire Garden” 収録、オジー・オズボーンとの共作)という曲で、一度も演奏したことがなくて、ずっとやりたいと思っていたものさ。ライブではダイナミックな流れを作ろうと思っているから、重いノイズばかりではなく、眠いバラードばかりでもなく、エネルギーを生み出したいね」
“Passion and Warfare”(1990年)は今も名盤として高く評価されている一枚です。
「とても光栄なことだよ。本当にとてつもなく光栄なことだし、稀有な存在だからこそ、それに対する評価も高いんだ。ある特定のジャンルにぴったり符号するレコードは、たとえそれが古くて名盤であっても、若い人たちでさえ少なくともチェックする必要があると見てくれるんだ。若いギタリストの中には、”Steve Vai はあまり好きじゃないけど、このレコードは名盤と言われ、みんな素晴らしいと言っているし、ウィキペディアを見ても素晴らしいと書いてあるから、とにかくチェックしてみようかな” と思う人もいるかもしれないね。だから、そういう人たちがチェックすることで、必然的にその価値を理解してくれるなら、ネットもいい場所だよね」
そして、”Windows to the Soul”(”The Ultra Zone” 収録)は、今でも Vai にとって特別な一曲です。
「私のカタログの中の多くの楽曲は、他のアーティストの楽曲よりも私の心に触れる。それはたいてい、レコーディングしているときに、自分がつながっていたからなんだ。すべての要素が一緒になっていたからね。サウンド、メロディ、ソロ、フレージング。そのつながりの深さが、効果を持続させるんだ。その曲を聴くと、その曲とのつながりが聴こえるからね。ストーリーがあり、波があり、流れがある。今までやったことのないようなテクニックも入っている。もうひとつ、僕にとって本当に特別な曲、おそらく最も革新的な曲だと思うのは、”Modern Primitive”(2016年)の “And We Are One” だね。あれがソロなんだよ、私にとっては。独特で、全部メロディで、全部フレージングなんだ。あそこでやったことには、聴いたことがない要素がたくさん含まれていた。とても繊細だ。でも、それが好きなんだ。このような小さな変化は、私にとって小さな秘密となり、時には他の人がそれを発見することもあるんだよ」

“For the Love of God” で使用した Ibanez Universe はプリンスに贈られました。
「私はプリンスが大好きで、大ファンだったんだけど、彼が7弦を持つべきだと思ったんだ、彼が7弦を使って何かするのを見たいから。どのギターを何に使うかなんて考えもしなかったよ。何本も持っていたから、言ったんだ。”彼に7弦をあげたいんだ。あれはどうだろう?” ってね。それが “For the Love of God” を弾いたものだとも知らなかったんだ。でもいいんだ、彼はとても親切で、とても感謝してくれて、こう言ったからね。”今度、みんなが送ってくれたギターを置く部屋を作るから、そこに置くんだ”ってね。最高だったよ」
彼は “Tender Surrender” をカバーしたそうですが?
「確かそうだったと思う。それか “Villanova Junction” (Jimi Hendrix) か。あまり自信はないんだけど。CDの箱には ‘Tender Surrender’ by Steve Vai と書いてあって、彼は最初のヴァースを何度も何度も弾いているんだけど、私にはジミのように聞こえるんだ。でも、どうだろうね」
Yngwie Malmsteen、Zakk Wylde、Nuno Bettencourt, Tosin Abasi と行ったGeneration Axe ツアーはどう受け止めているのでしょう?
「私のお気に入りだよ。彼らは兄弟みたいなもので、ツアーでは本当に楽しい時間を過ごしたよ。彼らは完全にプロフェッショナルだ。いい意味で非常識で(笑)、みんな自分の仕事に自信を持っていて、長年にわたって究極の形で結果を出してきた。バンドやソロ・プロジェクト、その他もろもろを離れて、ただ外に出るという素晴らしい機会なんだ。簡単な仕事だよ。あの人たちと一緒にいるだけで、とても楽しいよ。みんな大好きだし」
Frank Zappaと共演した時期は、その後のキャリアにとってどのように役だったのでしょうか?
「Frank と一緒に仕事をしていたとき、私はとても若かったんだ。だから、とても観察力が鋭かった。彼のやることなすことすべてを見ていたから、その後の自分行動の多くは Frank を見ていたことに起因しているんだ。彼の仕事の進め方を見ていたんだ。Frank はいつも公平で、人をだましたり、嘘をついたりすることはなく、正直で、いつもクリエイティブだった。すべてがクリエイティブになるチャンスだった。彼はいつも賢くて機知に富んでいた。フランクの口から何が出てくるかわからないけど、みんながそれを待っていた。彼は、自分の仕事に完全に専念していた。私が Frank から得たものの中で、私のキャリアに深く関わっていると思うのは、彼が自由な思想家であったということ。彼は、他人の信念や恐怖心に縛られることなく、自分の考えで真っ直ぐ進んでいたんだよ。だから、私は思ったんだ。”これこそ、音楽をやる方法、やりたいことをやる方法だ” とね。
また、Frank はビジネス面でも、ミュージシャンとして自分を守る術を心得ていて、私も多くを学んだよ。スタジオについても、編集やレコーディングのやり方など、すべて彼を見て学んでいった。つまり、数値化できないんだ。18歳のときに Frank のテープ起こしを始め、20歳のときにバンドに加わり、3年間一緒にツアーをし、常にレコーディングをしていたからね。その年頃はとても感受性が豊かだから」

Eddie Van Halen も Vai にとって重要な人物です。
「素晴らしい思い出がいくつかある。ある時、ソフトボールをやっていて、その時に初めて彼の兄(Alex)に会ったんだけど、彼はとても印象的な男で、彼の奥さんと私の子供も一緒に遊ぶようになったんだ。Eddie の家に行った時、スタジオを見せてもらったんだけど、彼があるアンプを指差して言ったのを覚えてる。”あのアンプを見ろ、あのヘッドでデビュー・アルバムの全曲を録音したんだ、2曲は除いてな”ってね。それから全然知らない曲のテープにあわせて演奏を始めた。私はこの曲を聴いて、こう言ったんだ。”これはすごいぞ!” ってね。つまり、彼がバンドでやっていたこととは似ても似つかぬものだったんだ。もちろん、彼のタッチは入っているんだけど、いくつか素晴らしい曲を聴いて、私はこう言ったんだ。”ソロのレコードを作ったらどう?” ってね。だけど、それは彼の趣味じゃなかった。彼が好きなのは “VAN HALEN のために作ったギター・パートが自分のソロ・レコードだ” というやり方だったからね。彼はそんな風に思っていた。
もうひとつ、Eddie との素晴らしい思い出がある。私は自分のスタジオで、ギターとペダルとスピーカーとアンプを使ってレコーディングしていたんだけど、Ed が入ってきたんだ。私たちはぶらぶらしていて、ただ話をしていたんだけど、彼が今やっていることについて話してくれて、私のギターを掴んで弾き始めたんだ。それは驚くべきことだった。まさに Ed の音で(笑)、私は思ったんだ。”俺の機材を使って、よくもまあ、完全に VAN HALEN な音を出してくれたな!”ってね。すべては自分の頭の中にあるということを、改めて認識する機会になったよ。結局、大事なのは機材でもなんでもないんだよ。もちろん、一部はそうなんだけど、自分のサウンドの大部分は自分の頭の中にあるんだよ。自分の頭の中で、物事がどのように聞こえているかということなんだ。Ed が私のスタジオで、私の家で、私の機材を使ってギターを弾いたとき、それがはっきりとわかったんだ」
アコースティック・アルバムの制作も行われているようですね?
「まだ完成には遠いんだけど。パンデミックの時に始めたんだ。15曲あって、そのうち13曲はシンプルなアコースティックギターで録音したんだ。それからボーカルを始めたんだけど、途中から肩の手術を受けなければならなくなったんだ。手術が終わってから、演奏ができるようになるまでしばらくかかった。その頃には、ツアーに出て、ロック・インストゥルメンタルのアルバムをサポートしたいと思うようになっていた。だけど、アコースティックと歌のツアーをいつかやるかもしれない。絶対にないとは言えないよ。Jeff Beck は80年代にフィンガーピッキングを始めた。彼は40歳の時に、これだけの名盤を残していながら完全に奏法を変えたんだ。人生はこれからだよ」
Steve Vai の創造性は尽きることがありません。
「あからさまにクリエイティブというわけではないよ。でも、自分の心に響く創造的なアイデアは必ず実現できる、それを邪魔するものは何もないという確信があるんだよね。多くのクリエイティブな人たちは、自分の熱意を信じていないんだよ」

参考文献: GUITARGUITAR: THE INVIOLATE INTERVIEW

HIT CHANNEL : INTERVIEW STEVE VAI

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“What I Didn’t Understand Was The Conservative Attitude Of a Lot Of The Second Wave Bands – Which Makes It All The More Rewarding To See Bands Like Violet Cold, Spectral Lore And Other Anti-fascist Bands Changing The Climate. We’re Here To Tip The Scale And Me Aren’t Going Away.”

DISC REVIEW “TRISAGION”

「”セカンド・ウェイブ” のバンドの多くが保守的なのは、僕にとって理解できないことだよ。でもだからこそ、VIOLET COLD や SPECTRAL LORE、その他のアンチ・ファシストのバンドがメタルや世界の風潮を変えていくのを見ると、本当に励まされるね。僕たちは局面を変えるためにここにいるし、いなくなりはしないよ」
メタル世界において、音楽的にも精神的にも、今最も進歩的なサブジャンルがブラックメタルであることに異論を唱える向きは少ないはずです。環境問題を歌い、マイノリティのために戦い、ファシズムの台頭を許さない。かつて殺人や教会への放火が取りざたされたジャンルとは思えない “正しい” 主張を展開する新鋭たち。ただし、その根っこの部分は実は同じなのかもしれませんね。
「ブラックメタルは “フリンジグループ” (中心ではなく端に位置する)の人たち、つまり落ち込んでいる人、虐げられていると感じている人たちを多く誘うんだよね。僕自身、LGBT だから、社会やパラダイムに反しているブラックメタルに慰めを見いだしたからね」
自身も LGBT で、社会に馴染めずブラックメタルに慰めを見出したと語る ETHEREAL SHROUD の首謀者 Joseph Hawker。ブラックメタルを創造した初期のアーティストにしても、少なからず社会から逸脱し、孤立した人たちであったことはたしかでしょう。つまり、ブラックメタルには孤独や喪失を無尽蔵に癒し包み込む、果てのない包容力が備わっているのです。
「僕は BELL WITCH をとても尊敬しているし、彼らはシーンで最も優れた現代のバンドの一つだと思っている。僕らは2人とも、強いメロディー、感情的な底流、ビッグなサウンドスケープを持つ長尺の曲を利用していると思うよ」
もちろん、ブラックメタルは音楽的にも寛容で多様です。フィジカルのみに付属するボーナス・トラックを含めると、4曲で1時間20分。その “Trisagion” と題された深く長い井戸の底から流れ出る旋律と感情の濁流は、繊細で傷つきやすいと同時に活力と魅力に満ちているという点で、あの BELL WITCH のジャンルを無意味な記号と知らしめた傑作 “Mirror Reaper” にも比肩し得る作品にちがいありません。
“Trisagion” の核心となる “コア” は、アトモスフェリック・ブラックメタルのイメージに据えられています。しかし、ETHEREAL SHROUD がブラックメタルの寛容を謳歌するのは、そのコアなサウンドの周辺に何層もの音彩を重ねてミルフィーユのようなサウンドの繭を形成している点にあります。
その影響はドゥームの最も憂鬱な重遅、冷たさと輝きを交互に繰り返すメロディックな蜘蛛の糸、従来のブラストとダブルベースを巧みに組み合わせたリズムの狡知、そしてポスト・メタリックな反復の美学という形で現れています。反復といえば、アルバムを通じて成される共通のテーマの再現は着実に、控えめにモチーフを進化させ、おなじみのメロディにやがて新しい生命を吹き込んでいきます。そして反復で溜め込んだ鬱屈は、文字通りエセリアルな女声や IN FLAMES 譲りの慟哭で、さながら蓮の花が開くかのようにカタルシスとして放出されるのです。
「ANATHEMA, ESOTERIC, SUMMONING, GOD IS ASTRONAUT, AGALLOCH, MOONSORROW をよく聴いていたね。こういったバンドが僕のサウンドを形成するのに役立ったと思う。表現への情熱が高まって、ドゥームメタルやブラックメタルの大きなうねりをそこに加えたんだ。彼らが巨大で、シネマティックで、濃密な表現をしているのを見て、それを自分なりの方向に持っていきたいと思ったんだよね」
“Trisagion” が世界に拒絶されるような憂鬱と孤独、そして怒りから始まったことはたしかでしょう。しかし、少なくともこの作品はその先を見据えながら前進することで、典型的なエクストリーム・メタルの在りようとは一線を画しています。”Trisagion” は夜明けを見通す窓であり、自分の居場所を無理やり探し出すのではなく、自然に自分らしく生きることがあるがままにできる未来を指し示しています。Joshph がこの賛美歌で ANATHEMA や ESOTERIC を自分らしく、自然に進化させたように。
今回弊誌では、Joshph Hawker にインタビューを行うことができました。「僕は音楽家になる前はよく、とても小さなことでアルバムを批判していたんだけど、芸術作品に対して自分自身や自分の見方を調整し、その意図を理解しようとしなければならないとは考えていなかったんだ」どうぞ!!

ETHEREAL SHROUD “TRISAGION” : 10/10

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